27歳で起業、創業6年で売上1,000億円を突破!AI&スタイリストコマースStitch Fixのユニークなビジネスモデル分析

December 26, 2017 ゲスト記事

この記事は、株式会社リクルート住まいカンパニー所属の蓮沼貴裕さんが運営するブログの記事を加筆修正の上、転載したものです。

蓮沼さんは、リクルートグループにて米国企業のM&Aおよび欧米ファンドやスタートアップ15社に投資を実行しており、現在は不動産・住宅に関する総合情報サイト「SUUMO」にて事業開発を担当しています。蓮沼さんのブログでは、上場予定および最近資金調達したスタートアップをピックアップして、情報を発信しています。


「AIを使って作るPrivate Brand」として、Scrum Venturesの「これからの小売を理解するための20のキーワード」でも紹介されたStitch Fix。2017年10月27日に上場申請書(S-1)を提出しました。今回はその上場申請書から、非常にユニークな顧客データ活用、独自のアルゴリズム、そして会員数、売上、1ユーザーあたりの利用額などの気になる数字についてまとめてみました。

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AIがスタイリストの服のチョイスを支援するStitchFix

女性、男性、キッズ、妊婦、大きなサイズから靴やアクセサリーまで幅広く商品を提供するStitchFix。Pinterestの画像情報や服の好みを伝えると、AIがチョイスした商品をパーソナルスタイリストが5アイテム選んで郵送してくれます。

このAIと人が選んだ5アイテムを「Fix」と呼んでいます。郵送サイクルは隔週、毎月、2ヶ月から選べます。気に入れば購入し、気に入らないアイテムは3日以内に返品します。

気に入ったアイテムの代金は事前に登録してあるクレカから自動引き落としされ、気に入ったアイテムがない=購入しない場合はStyling Feeとして$20が引き落としされます。5アイテム全て購入すると25%OFFになります。

StitchFixをご存知でない方、SF在住のプロダクトハンター茜さんが体験レポを書いているので、ぜひチェックしてみてください。

【体験レポ】AIと人によるパーソナルスタイリストサービス「Stitch Fix」を使ってみた | Shopping Tribe

リアル店舗型ビジネスが持ちえないユニークな顧客データを保有する

対面型の接客では持ちえない顧客データを数多く保有するStitchFix。顧客データを取得するタイミングとしては、

①初回利用時のアンケート

②郵送した5アイテムについてのフィードバックデータ(購入や未購入履歴、価格感応度など)

③①や②を通じて得られる顧客が好む服のAttributeなど詳細データ(サイズ、シルエット、縫い目、ポケットの形、ライフスタイル)。

顧客1人当たり85のデータポイントがあり、郵送した85%の商品について顧客のフィードバックデータが継続的に蓄積される仕組みになっています。

ユニークな顧客データを獲得後、下記①~④のようなビジネスサイクルに落とし込んでおり、「ユニークなデータセットをいかに獲得するか」と「ユニークなデータセットから購買予測と相関性の高いアルゴリズムをいかに構築するか」がこのビジネスの肝であることがよくわかります。

①Data that Matters:顧客アンケートから直接データを収集

②Data Science Woven into the Fabric of Stitch Fix: ①で収集したユニークなデータセットをAIアルゴリズムで分析

③Human Judgment applied to Data Science: ②の分析結果をプロのスタイリストが補正、よりパーソナライズされた服のチョイスを顧客へ提供

④Client Loyalty: パーソナライズされた情報提供により顧客ロイヤルティーを向上

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ビジネスを加速させる7つのアルゴリズム

Stitchfixのユニークなデータセットについて語りましたが、このビジネスのもう一つの肝であるアルゴリズムの種類についても説明したいと思います。StitchFixでは75人のデータサイエンティストがアルゴリズムの構築や改善に関わっています。そして、アルゴリズムは下記7つから構成されています。

①Styling Algorithm

1つ目のアルゴリズムは、商品のAttribute(サイズ、テイスト、シルエット、縫い目、ポケットの形など)レベルで顧客の嗜好性を把握し、販売可能な商品在庫データとマッチングするStyling Algorithm。5アイテム= Fixについてはアルゴリズムでアイテム毎に「顧客の購入確率」を事前にスコアリング付与し(下図参照)、購入や未購入のフィードバックによりアルゴリズムを補正しています。

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②New Style Development

2つ目は、顧客がまだ気づいていない/まだ満たされていないニーズを発見するアルゴリズム。満たされていない特定ニーズを発見すると、アルゴリズムがニーズに対して適切な商品をマッチングさせます。

また、700以上のブランドからアルゴリズムが人気のある商品のAttributesを要素分解して、人気のあるAttributesを組み合わせて、”Exclusive Brands”というPrivate Brandとして販売も行っています。データを駆使して、季節毎に売れるAttributesパーツを組み合わせたヒット商品を作ることに繋げることができそうですね。

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③Stylist Algorithm

3つ目は、顧客の服のテイストやスタイルに合ったスタイリストをマッチングさせるアルゴリズム。3,400名以上のスタイリストの中から、テイストやスタイル以外にも顧客とスタイリストの地理的な近さなど人口統計的な属性からマッチングさせています。

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④Demand Forecast

4つ目は、顧客の嗜好性、ライフスタイル(ドレスなどを着る頻度)、ライフステージから商品カテゴリー、商品タイプ、商品スタイル、ブランドなどの需要予測をすることで、商品の適正在庫や過不足なくスタイリストを維持することを可能にするアルゴリズム。

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⑤Merchandise Optimization

通常、USの小売は在庫を購入&仕入れ、年間を通じて割引セールを実施しますが、StitchFixは正確な需要予測に基づき、仕入れが的確で在庫量が適正化されているので、割引セールを実施する必要がありません。どんな商品アイテムをどのサイズでどのくらい仕入れるべきかを5つ目のアルゴリズムが導いてくれます。

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⑥Fulfillment Center Assignment

6つ目のアルゴリズムは、顧客の居住地やニーズを予測し、どんな商品アイテムをどのフルフィルメントセンターへ納入すべきかをリアルタイムに判断できることで、顧客への郵送距離に応じ在庫をカリフォルニア、アリゾナ、テキサス、ペンリルバニア、インディアナの5つの州のセンターに分散することができ、商品を早く安く配達することを可能にしています。

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⑦Pick Path Optimization

最後のアルゴリズムはフルフィルメントセンター内オペを最適化するもの。フルフィルメントセンター内の、商品を納入→検品→ストッキング→ピッキング→梱包→配送のプロセスを最適化します。また、基本的に商品がリターンされることを前提としたZapposの様なビジネスモデルなのでリバースロジスティックスが組まれています。

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FY2017の売上は$977Mn(1,100億円)に到達!

ユニークなデータとアルゴリズムを持つStitchFixの創業は2011年。創業から6年で$43.5Mnを調達。2014年に$25Mnを調達してから一度も資金調達せずに、FY2017の売上が1,000億円に到達しているのは驚き!

FY2014年の売上$73MnからFY2015 $343Mn(4.7x) → FY2016 $730Mn(10x)と急成長し、FY2017の売上は$977Mnと、3年前から実に13.3xも売上が膨れ上がっています。この3年で粗利率も44%まで改善。

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QoQの売上成長率は一桁台

2016年10月末に$236Mnに調達してから、売上成長率は鈍化傾向にあるが、直近2Qは1%から3%、3%から5%と売上成長は改善傾向。

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粗利に対してのSGA比率は100%

通常スタートアップが上場する際の上場目論見書では、Selling and Marketing(販促費)とGeneral Administration(一般管理)の項目が分かれて記載されているのが一般的ですが、StitchFixは「Selling and General Administration」と合算されているため、純粋に粗利益に対しての販促費がどのくらい投下されているか?わかりません。直近3Qは粗利の96–100%をSGAに費やしていることがわかります。

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有料顧客数は累計219万人だが、新規顧客獲得数は鈍化傾向にあり

直近3Qでは稼いだ粗利のほぼ100%をSGAに打ち込んでいるStitchFixですが、2016年4月末の22.7万人の新規顧客獲得数をピークに、直近Qは12万人まで新規獲得が落ち込んでいます。

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新規で利用開始したユーザの最初2年間の売上は$639!

下の図は、最初にFix(5アイテム)を郵送された時点から最初の2年間でいくらユーザが購入しているかを表しています。2014年にStitchFixを利用開始たユーザは最初の2年間で平均$639購入、2015年のCohortユーザは$718分購入していることになります。新しいCohortに対しての単価アップに成功していることが言えそうです。

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2014年のCohortユーザの売上は$435、2015年は$506、FY2016は$489。

先ほどは利用開始から2年の売上でしたが、下の図は最初の1年間での購入金額を表しています。2014年にStitchFixを利用開始たユーザは最初の1年間で平均$435購入、2015年のCohortユーザは$506、2016年は$489分購入していることになります。

2014年のユーザは最初の1年間で$435、2年目には$204($639-$435)をお買い上げ。2015年のユーザは2年目に、$212($718-$506)をお買い上げしています。こうして見ると、利用開始初年度は$435~$506前後購入し、2年目は$200前後の購入と、1年に比べて2年目に買う額は半分くらいになる=購買意欲が下がることがわかります。

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FY2016の上半期ユーザの売上は$335、FY2017の上半期は$367。

上の図に2016年に利用開始したCohortユーザの初年度の売上は$489というデータがありました。下の図によると、FY2016年に利用開始したユーザの最初の半年間の購入金額は$335なので、次の半年で$154($489–335)購入していることがわかります。

このことから、最初の6ヶ月で$335購入しており最も購入意欲が高く、次の半年は$154しか購入していないため、利用開始半年以降から一気に購入金額が減っていくのがわかりますね。

有料顧客を1人獲得する際のコストであるCAC(Cost of Acquisition)はS-1に記載がありませんでしたが、利用開始から9ヶ月のリテンション率は25%とありました。このことから、有料顧客獲得から最初の6ヶ月でいかに売ってLTVを最初の6ヶ月で高めるるかが、Payback Periodを短くする肝になりそうですね。

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CEOのKatrina Lakeは日本人を母に持つ日系2世、27歳で初めての起業

コンサルティングやVC出身のKatrinaがStitchFixを起業したのは、Harvard Business Schoolに在学中の27歳。創業当初は趣味レベルのファッションサイトで立ち上げ、MVPを検証していました。創業当時はアルゴリズムなどは構築しておらず、SurveyMonkey(というアンケートツール)でユーザの好みをヒアリングをして、アパレル企業の購買担当だった姉の力を借りて、アパレルをユーザ宅へ郵送し、$20の小切手を受け取る手弁当のビジネスでした。

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このビジネスモデルに興味を持ったのが、Netflixの偉大なるCEO Reed Hastingsの下で当時VP of Data ScienceをしていたEric Colson。元々KatrinaはStitchFixのAdvisorになるようEricに依頼していたところ、EricはNetflixでの名誉を捨てて、この創業2年目のスタートアップにChief Algorithm Officerとして転職してしまったんです!

Colsonの参加から、データドリブンなStitchFixのビジネスモデルが確立されていきました。顧客の体型データ、好みのパターン、アイテムのキープ率や返品率など様々なデータを蓄積し、正確な需要予測モデルを構築。このモデルを人間のスタイリストに補正させ、現在のビジネスを成立させました。

Baseline VenturesのSteve Andersonが法人筆頭株主

法人筆頭はBaseline Ventures(Seedをリードした)で28.1%保有。Benchmark(Series BとCをリード)が25.6%、Lightspeed(Series A)が11.8%。また、創業メンバーであるCEOのKatrina Lakeが16.6%が保有しています。

Baseline Venturesをご存知の方は少ないかもしれませんが、2006年SFで創業した進気鋭のSeed系VCで、Solo GPのSteve Andersonはベンチャーキャピタリストの名誉でもあるMidas ListのTop10の常連。KPCB時代に出資したHeroku(Salesforceに買収)やInstagramの最初の投資家として名を轟かせています。

How Instagram’s First Investor Steve Anderson Struck Gold As A One-Man Deal Machine

Benchmarkはアメリカで3本の指に入ると言われる投資家Bill Gurleyが出資&Boardメンバーに参画。UberのSeries Aをリードし、最近まで取締役をしていたのがBillでした。

気になる今後の展開

Amazonが「Amazon Prime Wardrobe」、Nordtromが買収した「Trunk Club」も同様のサービスを提供する中で、今後どのようにAmazonなど競合と戦っていくのか?

Katrinaは34歳にして多額の資産を上手にするわけですが、今後Katrinaなどのような人生を歩むのか?

今後も目が離せないスタートアップになりそうです。

* Stitch Fixは2017年 11月17日Nasdaqに上場を果たしています。


[記事提供] 蓮沼 貴裕 ブログ / Linkedin

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リクルートグループにて米国企業のM&Aおよび欧米ファンドやスタートアップ15社に投資を実行。現在は、不動産・住宅に関する総合情報サイト「SUUMO」にて事業開発を行っている。自身の投資家としての経験と事業開発の観点から、多角的な視点で米国のスタートアップについてのブログを更新。上場予定スタートアップの上場申請書(S1)分析や、直近で資金調達を行っている勢いのあるスタートアップのビジネスモデルを読み解きます。

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