消費者との「距離を縮める」小売そしてブランド:Walmart, IKEA, Nestle, Levisの事例から
先月のトイザらスが倒産したというニュースを聞いても全く驚かないほど、米国では今年小売チェーンの倒産、店舗閉鎖が相次いでいます。
しかしながら、「Amazonがすごいからリアル店舗はもうだめ」というシンプルな構図ではなく、小売、そしてブランドの中でも次々と新しい、面白い取り組みが出始めています。
最近の小売、ブランドの新しいトレンドのキーワードは、「いかに消費者との距離を縮めるか」。
今回のポストでは、小売を代表してWalmartとIKEA、ブランドを代表してNestleとLevisの「消費者との距離を縮める」取り組みをまとめてご紹介します。
①「冷蔵庫まで荷物を届ける」Walmart
二年前についにAmazonに時価総額が抜かれたと思ったら、今年に入り一気にその差が二倍まで開いてしまった世界最大の小売業、Walmart。
しかしながら、先月Google Homeとの提携を発表するなど、負けずと新しい施策をどんどん繰り出しています。
先日新たに発表したのは、スマートロックのAugustと組んで、荷物を玄関ではなく、自宅の中、冷蔵庫まで届けてもらえるというサービスです。
まずは動画をご覧ください。
まだ試験サービスですが、自宅にAugust社のスマートロックが設置されていれば、Walmartのオンラインショッピングで注文をする際に、「冷蔵庫に入れてもらう」というオプションを選べるようになります。
配達員にはAugustのワンタイムのキーが送られ、配達員が自らそのキーで自宅に入り、玄関ではなく、冷蔵庫の中に商品を入れておいてくれるという仕組みです。
同様の取り組みとしては、Amazonがテストをしている「車のトランクに商品を届ける」というものがありますが、Walmartの方が家の中まで入るという意味ではさらに一歩踏み込んでいます。
個人的にはかなり面白いと思いますが、プライバシーや盗難などの懸念も当然あり、消費者にどう受け入れられるのかテスト結果が楽しみです。
ライバルのAmazonは、1月のCESで家電メーカーのLGと組んで、Alexaが組み込まれた「食材が届く冷蔵庫」を発表していますが、Walmartには、このサービスとGoogleとの提携を組み合わせて、将来「冷蔵庫に話しかけるといつの間にか冷蔵庫に食材が入っている冷蔵庫」をリリースして欲しいなと思います。
② 「家具を組み立てる」IKEA
二つ目はIKEAです。
日本でもおなじみの組み立て家具のIKEAですが、先日「何でも屋アプリ」のTaskRabbitを買収しました。Crunchbaseなどを見る限りでは、IKEAはこれまでスタートアップ投資やM&Aを行っておらず、これが初めてのテック系のM&Aのようです。
TaskRabbitは、私も日常的に使っていますが、家具の組み立て、庭の手入れ、掃除、引っ越し手伝い、買い物などちょっとした家事の手伝いを頼める「何でも屋」アプリです。「新しくできたラーメン屋の行列に代わりに並んでもらう」なんていう使い方も意外とポピュラーです。
TaskRabbitは、2008年創業という老舗で、錚々たるVCから$37M以上調達をしていましたが、単体では成長に苦しんでおり、売却先を長いこと探していると噂されていました。
一方のIKEAとしては、ライバルのAmazonがついに家具分野にも力を入れ初めており、”Home Service”というブランドで「組み立てサービスつきコマース」を猛烈にプッシュをしていることもあって、「安い組み立て家具を売る」というところから一歩踏み込んで、「安くて簡単に家具が家に設置できる」というところまでいく必要があったということだと思います。
この辺の先駆者としては、AppleでApple Storeの立ち上げを指揮したRon Johnsonが立ち上げたEnjoy Technologyなどがありますが、単なる小売、コマースから、「コマース」+「サービス」というところを目指すプレイヤーがさらに増えていくと思われます。
余談ですが、AppleのARKit向けのIKEAの「ARアプリ」IKEA Placeはなかなかよくできているので、まだの方はぜひお試しください。「ここにソファ欲しいよね?」→ IKEA Placeで実際に置いて見る → モバイルショッピング、という流れは確実に広がりますね。
③「CPGのD2C化」Nestle
三つ目は、Nestleです。
コーヒーを含むCPG(Consumer Packaged Goods)ブランドのコングロマリットのNestleですが、最近日本にも進出をし始めたコーヒーチェーン Blue Bottleを先月買収しました。
Blue Bottleは、シリコンバレーで始まったサードウェーブコーヒーの走りで、Google Venturesなど多くのシリコンバレーVCからの出資を受けていました(Crunchbase)。
このニュースは、「平凡なブランドがとんがったサードウェーブを買収した」という切り口で大きな話題となりましたが、私は「CPGによるD2C化」の流れの一つと捉えています。
少し話が飛びますが、年末ついに日本でもリリースが発表された、AmazonのAIスピーカー Amazon Echoの普及で影響を受けるのはどの業界でしょうか?
もちろん、家電業界、音楽業界、などなどたくさんあるのですが、小売、ブランドにも大きな地殻変動を及ぼします。
Amazon Echoの利用シーンを説明した動画をご覧ください。
1:36くらいから、オムツを注文するシーンが出てきます。
お父さん ” Alexa, re-order the diapers? ” (アレクサ、オムツ再注文してくれる?)
Alexa ” Your last order was Pampers 160 counts. Would you like me to re-order it?” (前回はパンパース160個入りでした。これを再注文しますか?)
お父さん “Yes” (はい)
というAlexaとの短いやり取りで注文が完了します。
まだ、Echo自体新しいデバイスなので、世界でも2,000万台程度しか出荷されていませんが、すぐに1億台を突破するでしょう。当然Echoからものを買う人の数もどんどん増えるわけです。
CPG、ブランドからすると、単に売れるチャネルが変わるだけではあるのですが、これまでの小売店などのチャネルなどとは異なり、ここで見るように「棚から選んでもらう」というチャンスは失われ、「一度頼まれたものが頼まれ続ける」ということになる訳です(Amazon Dash Button的な話です)。
便利な音声UIですが、画面がない、もしくは画面が小さいということで、検索、購買の行動は大きく変わります。
小売店にお金を払っていい棚を確保してもらい消費者に選択してもらう、という従来のマーケティングは通用しなくなる訳です。
これまで以上に、ブランドも消費者とちゃんと繋がらないといけないということで、今回のNestleによるBlue Bottleの買収は、現在勃興しているD2Cの流れ、ブランドが消費者と直接繋がるという方向へのシフトの一つの現れと考えることもできるのです。
同様に、DoveやAxeなどのスキンケアブランドをもつUnileverが髭剃りサブスクリプションのDollar Shave Clubを買収したのも同じ流れです。一方、老舗髭剃りブランドのGilletteは、自ら「Gillet On Demand」というD2Cサービスを立ち上げ、ガンガンテレビCMを流しています。
Amazonが猛威を振るう中、既存のチャネルとのカニバリゼーション、既存のビジネスモデルとのカニバリゼーションなど気にしていられないという訳です。
④「スマホが操作できる服」Levis
最後は、Levisです。
2016年のGoogleの開発者イベント Google I/Oで発表された「スマホが操作できる服」Project Jacquardの製品が、ようやく先週発売されました。
私も昨日から着て生活を始めていますが、「全く新しいコンセプトの洋服」です。
Jacquardというのは、Googleが開発した新しいウェアラブルテクノロジーで、衣服に繊維センサーが織り込まれており、表面をスワイプしたりタップしたりするという操作を認識して、音楽を再生したり、SMSに返信したりすることができます。
センサーが織り込まれている部分は、視覚的にわかるようなデザインになっていますが、別に硬いということもなく普通の生地とほぼ同じ印象です。ただ、通信用のUSBタグは曲げることは可能なものの、そこそこの硬さがあるため、少し腕の部分に違和感はあります。
iOS版はバグがあるのかうまく通信できませんでしたが、Android版では問題なく動作しています。
スワイプやタッチは直感的で、ちゃんと認識してくれます。ただ、私は左手に腕時計(Apple Watch)をしているのですが、時計をしているとスワイプの邪魔になり、うまく認識ができませんでした。
実際のところ、私は車で通勤しているので個人的にはあまり有用ではないのですが、「スマホを取り出さなくて良い」というのは、Amazon Alexaの音声UI同様、新しい可能性を感じさせるインターフェースです。
前の3つの事例に比べて、かなり実験的な要素の強い取り組みですが、以前のポスト(「購買」データから「利用」データへ。「コネクテッドアパレル」への期待。)でも紹介した通り、コネクテッドアパレルというのは「ブランドが消費者に最も近づく方法」なので、これから数年でかなりホットになってくると考えています。
Amazon/Google以上に消費者に近づけるのは誰か
以上タイプの異なる4つの事例を紹介しましたが、いずれもAmazonやGoogleなどのプラットフォーマーの力が幾何級数的に強くなる中で、なりふり構わずに「消費者に近づこう」とする各社の危機感の現れだと思います。
コマースの王者Amazon、検索の王者Googleが、PC、スマホだけでなく、Echo/Homeという武器で、家の中での覇権までとりつつある中で、他のプレイヤーに残された時間はどんどんと短くなっています。
年末にAmazon Echo、Google Homeの上陸を控える中で、「いち早くAmazon向けスキル作った!」と喜んでいませんか?
既存のチャネルとのカニバリ、既存のビジネスモデルとのカニバリなどを気にせずに、消費者に「ポストスマホ時代」の新しい価値を提供できるプレイヤーだけが生き残れる時代は、すぐそこに来ています。